
で、話は回想から現在の自分へと戻るわけです。
久しぶりにタイタニックを見終わった私は、「ああ、やっぱいい映画だなぁ」と余韻にひたって、ふと不思議になったんです。いい映画だし、ジーン…としたんだけど、単にこれを悲恋物語として見てる自分がいるんですね。10年前の時とは明らかに見方が変わってる。
あれ、なんでだろう。年食ったせいかな。
そう思って、10年前を振り返って、そうかと得心がいったのは、「今の自分はかつての自分よりずいぶんマシな自分になることができた」ということなんだろうと思い至った時でした。
今の自分には、鎖なんてかけらほども見えないんですね。何も縛るものなんてないんです。
家族が増えて、背負うものは大きく重くなったけど、それは間違いなく自らがのぞんだものだし、背負っていられる自分が誇らしいと思えるし。
「ああ、あの時から今に至る10年の間で、ずいぶんと正直に生きられるようになったんだな」
もう、主役のデュカプリオくんを見ても、うらやましいとも憧れるとも思いませんでした。
10年前の自分は、その後も色々と紆余曲折があって、さらに3年ほどは鬱々と悩み苦しみ、色んなものに縛られていたと思います。
「でも、それを越えたら1個ずつ鎖は消えていくから。んでもって、その時鬱々と悩んで悩んでしてきたことは、ひとつたりとも無駄になってはいないから」
記憶の中にいる10年前の自分に対して、そんな言葉をおくりたくなりました。で、そう思える今の自分が、少し嬉しくも思えました。
正直まだ将来をながめると背スジが凍ることは多いんですけどね。それでも、窒息死しかけてるよりかはなんぼかマシですわね。
…ということを、タイタニックを見てつらつらと思ってしまったのでした。
そのうちBD版を買っておいて、10年後にまた見よう。うん。で、その時映画の中の人たちに負けないくらい一生懸命生きてきたぞと思えることを、こっから10年先への目標にしよう。
とも思いました。
ちなみに、この話を後の方で見てたカミさんに言おうとしたところ、「アンタその話、10年前もさんざん聞いたよ」と一蹴されてしまいました。
ああ、そうね、あん時もいっしょに見てたもんね。
よほど10年前の私は、映画を見た後うるさかったみたいです。

10年前といえば、プライベートでは結婚した後で、会社の方ではわけのわからん配置転換をくらった後のことでした。
なんか開発部から営業部に強制配置換えをくらって、しかも「営業は素人でしょ?」と降格処分されちゃってた。来年度の給与が下がるのイヤだったら、今から来期までの間で結果を出せとか言われてた。
で、営業部に行ったら暗礁に乗り上げてた自社開発プロジェクトがあって、なんかしらんが「助かった」とか言われてその火消し役を仰せつかって…。
このへんの話は拙著『新卒はツラいよ!』に詳しいです。マンガなんでさらりと書いちゃってますけども、それくらいの方が胃もたれしなくていいと思う。
この時期はけっこう忙しく働いてたんだけど、一番つらかったのは「この働きは誰も幸せにしない」ということにうすら気づいていたことかもしれません。家族からは「なんでアンタがそんなことしなきゃ(そこまで働かなきゃ)いけないの」と苦情が出るだけだったし、会社からのぞまれてたことなんかどれもこれも対処療法でしかなかったので、そんなん片付けても上層部が幸せになるだけで周囲の誰も幸せにならないし。
そもそも「こっち側に来い」的なトーンの話ばっかだったしなぁ。ダースベーダーかっつうのな。
ようするに、自分が頑張ったとこで誰も幸せにならん。むしろなんか知らんが責められてる。
なんだそれは、それは俺が悪いのか?
みたいな状況だった。
みんなが自分に「こうあって欲しい」と願うんだけど、それは全部バラバラで両立不能なことばっかりで、そもそも自分自身がそのどれにもなりたくないと願ってた。
でも、根っこではわかってたんですよね。
本当は自分がぜんぶ悪かったんです。「オレはこうなりたいんだ!」と主張して、説得して、周囲の誰もがその思いに納得するような頑張りを見せて、ってことをしてこなかった。本当は美大とか美術方面の学校に進んで勉強してみたい気持ちがあったくせして、「就職口がないだろうし、どうせ皆すごく反対するだろうから」と勝手にあきらめて最初から無難な選択ばかりしてきてた。
常に「それが現実的な路線だから」が合い言葉。
そんなだから、他の人が他の人なりの思惑をのせてきちゃうんですよ。
その結果、自分の行動を制限する鎖ばかりが増えてったんですよね。
それでなんか息苦しくて、窒息しかけてて。そもそも会社に寝泊まりして夜中に叫びながら目を覚ましてたりした時期でもあるしで、もう金魚でいえばパクパク水面にあがってきてる状態ですよ。
映画館でタイタニックを見たのは、ちょうどそんな時でした。
そりゃ「画家を目指して一生懸命な主人公」なんだもの、応援しちゃいますよ。自分がなりたくてなれない像がそこにあるんだもん。気持ち入りまくりですよ。
ちなみに当時やってたサイトの方で、これと近い時期に勢いで描いて「ああ、心安まるなぁ」と思ってた4コマまんががコレ(「そんなこんなの日々 第22話」)だったりします。
病んでるよなぁ。

先週末ふとテレビを見たらタイタニックがやっていて、「おお、HD画質はさすがに綺麗だな、本気でブルーレイ欲しくなるな、ってことはプレステ3か、プレステ3なのか?」なんてことを考えながら見ハマってしまいました。
タイタニックっつーと言うまでもない、1997年に公開されたアカデミー賞とった名作映画でありますな。主役のデュカプリオくんが画家志望の貧乏な若者で~、それが貴族階級のおなごとやがて沈みゆく船の中で知り合って~…という映画です。
その日やってたのは前編だったので、途中でぶちっと終わっちゃうんですね。「明日に続く」なんて感じで。
見ハマった状態で明日まで待てるわきゃないだろってんで、自宅にあったタイタニックのDVDを引っ張り出してきてそのまま最後まで見てしまいました。
これ、10年前のロードショー時にも、映画館で見たんですよ。
そんで、すんげえ泣きまくったの。悲しいとかそんなんじゃなくて、いやそれもあるんだけど、自分のふがいなさとか、色んなものが感情移入しまくっちゃって、ドダダー…と。
スクリーンの中で画家を目指して前だけを見て一生懸命な主人公は、まさになりたかった自分で、でも映画館の席に座ってるのはそうなれなかった自分で、スクリーンの中のなりたかった自分は懸命に生きて生きて死んでいって、なんで死んじゃうんだよー、なんでお前が死んじゃうんだよーって。
泣いたなぁ。
泣きまくったなぁ。
色々と行き詰まってて、それこそ自分がゴミクズカスに思うことも多い時期だったんで、余計にくるものがあったんだろうなぁ。
なんて書いてたら長くなっちゃったんで、詳しい話はまた次回。

昨年合併が発表されてはいましたけども、アスキーの合併話。吸収合併話だということで、アスキーが消滅会社になってしまうんだとか。
…>「新社名は「アスキー・メディアワークス」 - アスキーは消滅会社に」@マイコミジャーナル
連載を持たせていただいて久しいので、合併話自体は当然聞いていたのですが、「アスキー消えるのかぁ」と思うと、8ビット御三家時代からPC業界を眺めていた身としては、いくらか思うところがありますね、やっぱりね。
そういえば、実はバイク4コマ連載をさせていただいてたネコ・パブリッシングの方でも、2輪部門はバイクブロスとの共同出資会社であるネコ・ブロスモーターサイクルというところに分社化されちゃいました。昨年末あたりにいきなりそうなってドタバタしてた。
他にも、自分と関わりのないところではありますけど、年初から出版社の倒産話が相次いでるし、どうにも業界再編成というか、いよいよ焼け野原化がはじまっちゃったのかなぁ…なんて怖いことを思わずにはいれません。もともと人に関しては流動性に富みまくりな業界でしたけど、会社までがそうなってきたんかいと。
幸い、良い担当者さんたちに恵まれたおかげで、ドカンと直撃をくらったことはないですが、やはり身近で再編成がおきるとバタバタ慌ただしくはなるものです。
なんかこう、ヒシヒシと迫る怖さがありますね。ほんとにね。
そんなこんなに関係してか、私の身の回りについても、ただいま鋭意再編成中だったりいたします。
まず前述のネコ・ブロスモーターサイクルでやらせていただいてる「きたみりゅうじのブルルンバイク日記」という連載。こちらは今月で最終回を迎えました。
最後の記念にコメントをつけられるようにしてありますので、感想とかご意見とか、はたまた「今度はこんな連載してくれーやー」という声とか、色々書き込んでやっていただけますと幸いです。ありがたく今後の参考にさせていただきます。
続いて、本日新しいのがアップされた「Dr.きたみりゅうじの"IT業界の勘違い"クリニック」について。こちらは、これまで月2回更新でやっていたのですが、来月以降は月1回更新ということになります。担当者さんにわがままを聞いてもらいました。ごめんなさい。
他にも再編成の波にさらされる連載があるんですけど、それはもうちょい先の話だから置いといて。4月になるとSEさん向けの新連載が、とあるサイトにてはじまります。あと、オープンカーを題材にした連載話もいっこあるのですが、これはまだ報告できる段階に至らず。むぅ、残念。
そんな感じで、あっちもこっちもバタバタと。
フリーになってからは、どんだけ複数のラインを並行させて仕事を受けられるかが命綱だ…なんてどっかで聞きかじった知識をもとに実践してきたつもりですが…。
最近ホント、その怖さが身に染みます。

たまにはつらつらと思ったこと書いてくのもいいかなぁと思ったので、先日のに引き続いて、またまた思ったことを書いてみる。
前に転職した時にですね、「ああ、この職場はぬるいなぁ」と思ったことがあったんですね。こんな仕事のやり方じゃいかんだろと思っちゃった。
でも、その前の職場で「あれがクビになったって、それは身から出た錆だから仕方ない」とか、「使えないもんは使えないんだから仕方ない」とか、24~5才の若造が相手の生活を思いやることもなく、ただ自分とこのプロジェクト(と、そのメンツ)を守ることだけに専念してトゲトゲしてたわけですね。その結果、色んな引き金をひいちゃってたわけで。
んで、その後転職する過程で「なんかオレ、どっか壊れてんじゃないか?」と思う節があり、それを矯正しながら転職先にたどり着きましたよと。上記の「ぬるいなぁ」と思ったのは、そんな時のことでした。
そんでね、思ったのがね、「やり方が間違ってるといったって、それを直すようにし向けるのか?」ってことだったんすよね。答えはNoだったんすよね。
自分のやり方が正しいかなんて判定できるもんではないし、そもそも今のぬるい環境でしか生きられない人にしたら、それは生活の場を奪うことに直結するわけだし。他で生きることもできると平気で思える自分なんかがそれをやるのは、ものすっごいエゴでしかないんじゃないのかな…と思ったのです。
言ってみりゃ外来魚が地の魚を食い散らかすのに等しいわけで。
そんなことを当時の元先パイとかに言った日には、「んなこと言ってたらなにもできないじゃん」と叱咤されたもんでした。実際まぁ、そうなんですよね。転職して誰かの作った会社ってハコに入れてもらう限りは、多かれ少なかれ絶対出てくる問題なんです。
今は、自分がその会社を社員含めてまるごと背負い込むくらいの心づもりがあるんだったら、多少わがままに生きてみてもいいのかな…とは思います。ただ、もともとプライベートでもこうした「オレはまぁそこまで欲しいわけでないし、と手を引く」ような性質なもんで、なかなかね。
たまにベンチャー企業の社長さんとお話とかして、そのバイタリティはすごいなぁと思いつつもなじめないものを感じたりするのは、そういう性質的な違いに端を発するものが多いです。自分の正しさを疑わないというか、自分についてきた奴は絶対得させてみせるんだと自分で信じられるというか。
今の自分が、「絶対他人には渡しません」って我をはるのって、家族くらいのもんかなぁ。
で、仕事の話に戻るんですけども。
仕事って、別に「好きだからやる」わけでもないし「嫌いだからやらない」わけでもないと思うのです。部活じゃないんだから…って思っちゃう。好きだ嫌いだで仕事を選べる人は幸せだと思いますけど、世の中「こんな悪いことしてたらいつかバレるよ捕まるよっていつも言い合ってた」なんて言いながら自らの手で肉の偽装とかしつづけて、いざ社長がそれでつかまったら「ほらやっぱり、社長は私らの生活をどう補償してくれるんだ」なんてほざくような働き手がわんさといる社会ですもの。
そうした社会のエゴと自分のエゴとの釣り合いを、どう取るか、それが取れる職場か…ってのが一番で、その釣り合いを取るためにお金とか人とか色んなものがあって、「好き」はそのひとつでしかないんじゃないかなぁ…とですね。思うんですね。
自分がサラリーマン辞めた理由のひとつには、そんなこともあったりします。

お気に入りサイトの島国大和さんとこで、こんな話が。
…>甘いものは別腹 :好きを仕事にする話
以前島国さんとお会いして飲んだ時に、「ああ、この人は本当に自分の仕事が好きなんだなぁ」という印象を受けたものです。それってめっちゃ幸せなことだよなぁとも思いました。
自分自身はどうかというと、「仕事」って時点で好きじゃありません。生まれながらのナマケモノ体質キマグレ気質なので、これはもうどうしようもない。自分にとって仕事ってのはあくまでも「やんなきゃいけないもの」なので、「やれるか・やれないか」「続けられるか・続けられないか」が評価の一番に来て、好きか嫌いかって考えるたぐいのもんじゃないんですよね。
今の仕事に就いてからは「好きなことを仕事にできてよかったね」と頻繁に言われるんですけども、このセリフにだって、実のところものすごく違和感を覚えてたりもいたします。好きか嫌いかで言ったら、その時々で興味のあることを、時間も気にせずとことんハマり続けるのが好きなんだもの。「仕事」というのは自分にとってその妨げとなる場合がほとんどだから、好きとかいう次元のものじゃないんですよね…。
あ、誤解のないように言っておきますけども、絵を描くのも文を書くのもコードを書くのも全部好きですよ。ただ、その好きは自分の場合「仕事」にあてはめるものではない…というだけのことです。
で、まぁそんなことはいいんです。仕事が好きな人は輝いててすばらしいなと思うし、仕事がキライでも折り合いつけてがんばってる人は美しいなと思うし、仕事がどうにも我慢できなくなってリタイヤしてリハビリ中な人は愛すべき人だなと思うしで、みんなそれぞれ仕事と色んな向き合い方があってそれぞれの道を選ぶだけの話なのでそれはどうでもいいんです。
とりあえず「好きなことを仕事にしてんだからたいていのことは我慢すべきだろ」といって、ウブい人たちをだまくらかして搾取する人たちはやられてしまえと。ほら、趣味って無償でやるもんじゃないですか。むしろ金払ってでもやるもんなわけで。
あれを仕事にあてはめて口八丁手八丁で他人をタダ働きさせようとするゴミクズのような大人にだけはなっちゃいかんと思うのでありました。ということを書きたかった。まる。
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