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つらつらと思うこと

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先日「どうしよっかなー」と悩んでた仕事の話。けっきょく受けることに決めたんですが、それと前後して色々生じるもろもろの、タイミングの良さにちょっと驚いてるというか、感心しています。

もともと強運頼みでここまで食いつないできてる身なので、「運の流れ」というのはけっこう信じる方です。「波が来てる」とか、「流れが来てる」とか、そういう時はなるべく身を任せて逆らわないようにして、その逆に「よろしくないな」という感触が支配してる時は、とにかく短気を起こさず焦る気持ちを抑えつつ踏みとどまることに専念するのが信条です。

ある程度は流れに身をゆだねつつ、その奔流の中を少しずつ自分の行きたい方へ舵取りすることで前に進むのが一番というんですかね。流れ任せということもなく、流れ無視ということもなく、とそんな感じ。

で、ここんとこの様子を見てると、どう考えても「その仕事に専念しなさい」的な流れになっちゃってるのです。もろもろの仕事にそれぞれの事情があって、それをベストと思う形で対策うっていくと自然とそうなるというか。

その結果が吉なのかどうかは定かではありませんが、「ああ、こっちに行けと言ってんだな」という流れに身をゆだねること自体はおもしろくて好きだったりします。
今回の川は、どこに流れつくのかなあ。

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今月に入ってから、すっかり更新が滞っちゃってて申し訳ありません。前回の更新後、今日までの間には、通常の仕事に加えてダンボール2箱分のネットワーク用語集本にサインしたりしてました。
こちら、どうも関西の書店さんに置いてもらえるようなのです。詳しい書店名等わかりましたら、また告知させていただきますので、よろしくお願いしますなのです。

と、それはさておき。

昨日のこと、懇意にしていただいてる会社の方にさそわれて、東京近辺でちょろっとお酒を飲んでまいりました。
その席上で、少々まとまった規模の仕事が依頼できないかという話になりまして。スケジュール的にやれるかどうかもあるし、能力的にやれるかどうかもあるしで、これがなかなか悩ましい話でして。

ああ、どうしようと今日になっても悩んでたりします。

最近は、すっかり「新しい取引先探し」も止めにして、既知の、懇意にしていただいてる会社さん相手にもっと義理を果たしていかねばと思うようになっています。自分は仕事のペースが遅いので、それを回すだけでもヒーヒー状態のはずなので。

さらには、そうした会社さんたちのおかげで今食えるようになっているので、その分を返していかねばという思いもあったりします。自分の力なんて知れたもんなわけですが、望んでもらえるなら応えねばと。お世話になってる会社さんに対しては、自分の方でも「支える意識」を持たねばなーと思うようになっているのです。

んが、今回の話はあまりに荷が勝ちすぎているような。

聞けば、社内の規則とかやり方とか前例とか慣例とか、そんなもん全部すっとばしてかなり会社として力を入れ込んでくださる話のようでした。
今のこのご時世で「ここが力の入れどころ」と自分に白羽の矢を立ててもらえたことはすんごくありがたいんですが、正直「やれるかなー」とビビル気持ちの方がでかかったり。ならサクっと「ごめんなさい」すればいい話なんだけど、先に述べた気持ちがあるのでそれもなかなか難しかったり。

うーん。ううーん。悩ましい。

別件の仕事のプロットを練るべく、明日から千葉県内でソロキャンプして、1人じっくり考えるつもりだったんですが…。
どうもこっちの仕事の瞑想にふける方向となりそうです。

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先週末から今週にかけてなんだかやたらめったら作業が集中して、気がつけば「徹夜しないとどうにもならん」状態になり、しかもそれが2日続いて、ほぼ燃え尽きて朽ち果ててます。
30半ばを過ぎてこんなことしてると、体力の回復がマジメに追いつかないのでマジで自省したい。仕事を減らす度胸を持とう、えいえいおー。

と、そんなくたびれた身体でですね、久々に余裕のあるスケジュールになってる今を謳歌しようと、近所に新しくできたラーメン屋さんに昼飯を食べにいったんです。どんな味かなーって。
着いてみると、真新しい建物と真新しい設備。ほんと、どれもこれも新品ピカピカで、「この城でもってワタクシ今後一生懸命がんばっていくのであります」というのがにじみ出ていました。

店主のおすすめらしきラーメンを注文して、カウンターに座り、目の前のメニューをなんとなしに眺めてみて。
ふと目に入ったのが営業時間。

開店が11:00で閉店が24:00。定休日は毎週月曜日の17:00以降とあります。
顔をあげると、カウンターの向こう側でいそいそと働いてるのは、店主らしき男性と、その母親らしき女性の2人だけ。
…仕込みと片付けを考えたら、この人たちはいったい何時休むんだろう。

と同時に、「そうだよなぁ」とも思いました。

個人事業主にとって、仕事はすなわち人生の保証であり、あまりに深く人生そのものと同化しちゃってるので、いつからいつまでと簡単に切り離せるもんではないし、やらされるものではなくやるものだから、労基法がどうだこうだとかとまったく無縁の世界にいるんですよね。実にシンプル。自分が必要と思うか思わないかでやるやらないが決まるだけ。

自分の2日連続徹夜にしてもそうだし、この人たちの営業時間にしてもそうなんだろうなーと思うと、妙に仲間意識が芽生えたりなんかして。
なんとなく人間くさい営みな気がして、やっぱ「個人事業主はいいなー」などと思ったのでした。

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先月末から今日にかけては、改訂版の追い込みと文庫化の追い込みと確定申告のための帳簿整理と新連載検討のために媒体問わず人に会ったりというのが連載仕事と並行して走って、なんか色々ぐるんぐるんと目まぐるしい毎日でした。
とりあえず改訂版も文庫化もあとは書店に並ぶのを待つだけだし(…といいつつ販促絡みで残作業あるけど)、確定申告も終わったし、ひと通りお声がけいただいた媒体関係者には全部会ってお話済んだしでひと段落。

残念ながら新連載絡みの話はほとんどすべてお流れとなりそうで、それ自体は「媒体の個性」と「自分の個性」が噛み合わなかった結果なのでなんということもないんですが、その過程で「じゃあ自分の個性が生き残れる市場がどこかにあるのか?」とか、そもそも「自分の個性ってなんだよ」というあたりで頭の中がぐるんぐるんと。

けっきょくんとこ、色んな意味で力量不足なわけですよ。
じゃあその不足分を今後いかにして補っていくかと考えてまたぐるんぐるん。

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ちょい前の日記に「きたみさんも先生って呼ばれるの?」とコメントがあったので、それについて思うことを書いてみる。

まず結論から言うと、「先生」と呼ばれることもあります。というか、初対面の方からはそう呼ばれることが、かなり増えました。
前はいちいち「先生はやめてください」とか言ってたんですけど、それも嫌味かと思うようになってきたので、最近は初対面の時はなんも言わないようにして、2回目以降お会いした時にまだ「先生」とか言うようなら「やめてください」とお願いするようにしています。

先生って言葉はキケンなんですよね。「いやいやそんなたいしたもんではないですから」と思いつつも、ずっと先生先生言われてると、なんか偉くなったような錯覚が芽生えちゃうものです。ほんとは対等な間柄のはずなのに、自分の方が偉いような錯覚も起こしかねなかったりして。
それらすべてを制御できるほどデキた人間ではないもんですから、継続してお付き合いのある方には、ほぼ100%「先生」という敬称付けはやめてもらってます。

ちなみに、自分がお付き合いのある士業の人…たとえば税理士さんとか会計士さんとかについてもこれは同様で、できる限り「先生」という敬称ではなく、「さん」付けでお呼びするようにしています。相手が嫌がらなければ…ですけど。もちろん同業の人相手にも以下同文です。この場合はことわりすら入れることなく「さん」付けがデフォルトです。

お世話になってる税理士さんに「先生って呼んだ方がいいですか?」と最初に伺った時、返ってきたのは「いえ、キタミさんは私のお客さんなんだから、先生なんてつける必要はないですよ」でした。これがやっぱり普通の感覚だと思います。だから、読者さんや編集さん、書店員さんにお会いした時に、先方が私に対して「先生」とつけるのは、あまり自然なことではないよなぁというのが正直な気持ちです。だって、その関係だとお礼を言う立場はほぼこっちなんだもの。

ちなみに、件の税理士さんとは、その後イラストに書いてるようなやり取りがありました。
曰く「先生という言葉は便利なんですよ」と。
「先生」と言われて怒る人はまずいないんですね。だから「先生と付けた方がいいかどうか微妙」という方相手の場合は、まず付けておくようにすると無難だとなる。自分に先生と付ける場合はまずこのケースだと思います。
そしてさらに、「先生」って言葉は、それ単体で呼び名にもなる便利なやつなんですよ。だから士業の集まりとかに行くとあっちもこっちも「先生」なので、いっさい名前を覚えなくても「先生」「先生」と呼んでりゃそれで全部済んじゃったりする。

そんな話をしてると、「先生」って言葉はまことにバカバカしい言葉だなぁという話になったりするんですが、たいてい最後は「だから学校の先生なんかはヤバいよね」という話に落ち着きます。
たいした社会人経験を積むこともなく、いきなり「先生」「先生」と言われる立場につくんですもん。怖いですよね。

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仕事柄、なるべくマンガは読んどかんといかんよなという思いがあり、週刊サンデーや週刊マガジン、チャンピオン、月刊マガジン等は読むようにしています。
そんなわけで、「金色のガッシュ!!」は欠かさず読んでたマンガのひとつなのですが、その作者さんが小学館を訴えたと聞いてびっくり。内容を見ればなかなかエグイ話が書いてあるわけですけど、これに絡んで、他の方面でも暴露話が出はじめてたりして、「なんだこれはどうなっていくのだこれは」という様相を呈しています。

単なる傍観者の1人としては、「おっきな金とおっきな夢が動くところは諍いごとのレベルもでかくて実に怖い」などと思ったりしながら事のなりゆきを見ていたり。

「仕事」ではなくて、「創作活動」に携わる人は大変だなぁと思います。
というのも、けっきょくもとをたどっていけば、「創作」とか「夢」とかいう甘い言葉のせいで、歪んだ構造が是とされてきたからこうなっちゃってるんじゃなかろうか…と思うから。

「創作」「夢」「好きな仕事」って言葉は便利なんですよね。ある特定の人にとってはね。
とある版元さんの社長さんは、「イラストの仕事なんかは1点500円で書かせりゃいい」とかのたまうんですね。曰く「それで書きたがる奴なんか、ネットを探せばいくらでも転がっているから」だと。
普通の相場から見たら、1/5~1/20くらいの単価になると思います。でも「いる」んだと。まぁ…ねぇ。

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先月は、自分にしては珍しく、各社の編集さんとかライターさんとか、企画会社の社長さんとかと会って話してしまくった1ヶ月でした。

出版という事業の先行きに対しては皆さん思うところ様々ですが、新規参入組に対しては「計算のたつ何かがないと難しい」という見解で一致しているような気がします。「編集さん」という名の椅子取りゲームも、明らかに椅子の数が減りまくってるようにも思えるし、実に世知辛い。

自分の場合、突出した才能というのがナッシングなので、「これ」という決まったカタチを持たないんですよね。
そのことが、今は逆に功を奏してくれてるのかなと思います。怖い場所にいるなぁという薄ら寒さは、つねに背中にべったりくっついてますけども。

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で、話は回想から現在の自分へと戻るわけです。

久しぶりにタイタニックを見終わった私は、「ああ、やっぱいい映画だなぁ」と余韻にひたって、ふと不思議になったんです。いい映画だし、ジーン…としたんだけど、単にこれを悲恋物語として見てる自分がいるんですね。10年前の時とは明らかに見方が変わってる。

あれ、なんでだろう。年食ったせいかな。

そう思って、10年前を振り返って、そうかと得心がいったのは、「今の自分はかつての自分よりずいぶんマシな自分になることができた」ということなんだろうと思い至った時でした。

今の自分には、鎖なんてかけらほども見えないんですね。何も縛るものなんてないんです。
家族が増えて、背負うものは大きく重くなったけど、それは間違いなく自らがのぞんだものだし、背負っていられる自分が誇らしいと思えるし。

「ああ、あの時から今に至る10年の間で、ずいぶんと正直に生きられるようになったんだな」
もう、主役のデュカプリオくんを見ても、うらやましいとも憧れるとも思いませんでした。

10年前の自分は、その後も色々と紆余曲折があって、さらに3年ほどは鬱々と悩み苦しみ、色んなものに縛られていたと思います。

「でも、それを越えたら1個ずつ鎖は消えていくから。んでもって、その時鬱々と悩んで悩んでしてきたことは、ひとつたりとも無駄になってはいないから」

記憶の中にいる10年前の自分に対して、そんな言葉をおくりたくなりました。で、そう思える今の自分が、少し嬉しくも思えました。
正直まだ将来をながめると背スジが凍ることは多いんですけどね。それでも、窒息死しかけてるよりかはなんぼかマシですわね。

…ということを、タイタニックを見てつらつらと思ってしまったのでした。
そのうちBD版を買っておいて、10年後にまた見よう。うん。で、その時映画の中の人たちに負けないくらい一生懸命生きてきたぞと思えることを、こっから10年先への目標にしよう。

とも思いました。

ちなみに、この話を後の方で見てたカミさんに言おうとしたところ、「アンタその話、10年前もさんざん聞いたよ」と一蹴されてしまいました。
ああ、そうね、あん時もいっしょに見てたもんね。
よほど10年前の私は、映画を見た後うるさかったみたいです。

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10年前といえば、プライベートでは結婚した後で、会社の方ではわけのわからん配置転換をくらった後のことでした。
なんか開発部から営業部に強制配置換えをくらって、しかも「営業は素人でしょ?」と降格処分されちゃってた。来年度の給与が下がるのイヤだったら、今から来期までの間で結果を出せとか言われてた。

で、営業部に行ったら暗礁に乗り上げてた自社開発プロジェクトがあって、なんかしらんが「助かった」とか言われてその火消し役を仰せつかって…。
このへんの話は拙著『新卒はツラいよ!』に詳しいです。マンガなんでさらりと書いちゃってますけども、それくらいの方が胃もたれしなくていいと思う。

この時期はけっこう忙しく働いてたんだけど、一番つらかったのは「この働きは誰も幸せにしない」ということにうすら気づいていたことかもしれません。家族からは「なんでアンタがそんなことしなきゃ(そこまで働かなきゃ)いけないの」と苦情が出るだけだったし、会社からのぞまれてたことなんかどれもこれも対処療法でしかなかったので、そんなん片付けても上層部が幸せになるだけで周囲の誰も幸せにならないし。
そもそも「こっち側に来い」的なトーンの話ばっかだったしなぁ。ダースベーダーかっつうのな。

ようするに、自分が頑張ったとこで誰も幸せにならん。むしろなんか知らんが責められてる。
なんだそれは、それは俺が悪いのか?
みたいな状況だった。
みんなが自分に「こうあって欲しい」と願うんだけど、それは全部バラバラで両立不能なことばっかりで、そもそも自分自身がそのどれにもなりたくないと願ってた。

でも、根っこではわかってたんですよね。
本当は自分がぜんぶ悪かったんです。「オレはこうなりたいんだ!」と主張して、説得して、周囲の誰もがその思いに納得するような頑張りを見せて、ってことをしてこなかった。本当は美大とか美術方面の学校に進んで勉強してみたい気持ちがあったくせして、「就職口がないだろうし、どうせ皆すごく反対するだろうから」と勝手にあきらめて最初から無難な選択ばかりしてきてた。

常に「それが現実的な路線だから」が合い言葉。
そんなだから、他の人が他の人なりの思惑をのせてきちゃうんですよ。

その結果、自分の行動を制限する鎖ばかりが増えてったんですよね。
それでなんか息苦しくて、窒息しかけてて。そもそも会社に寝泊まりして夜中に叫びながら目を覚ましてたりした時期でもあるしで、もう金魚でいえばパクパク水面にあがってきてる状態ですよ。

映画館でタイタニックを見たのは、ちょうどそんな時でした。

そりゃ「画家を目指して一生懸命な主人公」なんだもの、応援しちゃいますよ。自分がなりたくてなれない像がそこにあるんだもん。気持ち入りまくりですよ。

ちなみに当時やってたサイトの方で、これと近い時期に勢いで描いて「ああ、心安まるなぁ」と思ってた4コマまんががコレ(「そんなこんなの日々 第22話」)だったりします。
病んでるよなぁ。

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先週末ふとテレビを見たらタイタニックがやっていて、「おお、HD画質はさすがに綺麗だな、本気でブルーレイ欲しくなるな、ってことはプレステ3か、プレステ3なのか?」なんてことを考えながら見ハマってしまいました。
タイタニックっつーと言うまでもない、1997年に公開されたアカデミー賞とった名作映画でありますな。主役のデュカプリオくんが画家志望の貧乏な若者で~、それが貴族階級のおなごとやがて沈みゆく船の中で知り合って~…という映画です。

その日やってたのは前編だったので、途中でぶちっと終わっちゃうんですね。「明日に続く」なんて感じで。
見ハマった状態で明日まで待てるわきゃないだろってんで、自宅にあったタイタニックのDVDを引っ張り出してきてそのまま最後まで見てしまいました。

これ、10年前のロードショー時にも、映画館で見たんですよ。
そんで、すんげえ泣きまくったの。悲しいとかそんなんじゃなくて、いやそれもあるんだけど、自分のふがいなさとか、色んなものが感情移入しまくっちゃって、ドダダー…と。

スクリーンの中で画家を目指して前だけを見て一生懸命な主人公は、まさになりたかった自分で、でも映画館の席に座ってるのはそうなれなかった自分で、スクリーンの中のなりたかった自分は懸命に生きて生きて死んでいって、なんで死んじゃうんだよー、なんでお前が死んじゃうんだよーって。

泣いたなぁ。
泣きまくったなぁ。

色々と行き詰まってて、それこそ自分がゴミクズカスに思うことも多い時期だったんで、余計にくるものがあったんだろうなぁ。
なんて書いてたら長くなっちゃったんで、詳しい話はまた次回。

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